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卒論体験記【文化創造論コース】

神辺尚美(2022年度卒業)

私は「宝塚歌劇における「黒塗り」の所在」という卒業論文を執筆しました。「黒塗り」とは、肌を黒や褐色に塗る舞台化粧の呼称で、宝塚歌劇においては、黒人表象やラテン表象などで使用されています。論文では、アメリカ合衆国や演劇界での「ブラックフェイス」の潮流を整理しつつ、「黒塗り」の表象範囲とその変遷を明らかにし、さらに現状の「黒塗り」の所在の背後にはいかなる論理が働いているのか考察しました。

以下の体験記が、これから卒業論文を執筆する方、或いは比較文化学類への進学を考えている方への参考になれば幸いです。

【テーマ決め】

かねてより「ヅカファン(宝塚歌劇のファンの呼称)」だった私は、高校2年の夏に訪れた比較文化学類のオープンキャンパスをきっかけに、「大学では宝塚の研究をしたい」と考えるようになりました。入学後も漠然とその思いを持ち続けていたものの、多種多様な学びのなかで、どの観点から宝塚に切り込むべきなのか迷子になっていました。転機となったのは、大学3年の春学期に受講した「比較文学研究」です。講義のなかで、ステレオタイプ化された黒人表象の問題を知り、「肌を黒く塗る行為が人種差別につながるのならば、宝塚の「黒塗り」はどうなるのか」と疑問を抱くようになったのです。そこから、演劇界の「ブラックフェイス」の状況、日本のテレビ番組での事例など、多少の理解を深めた上で、3年次の10月頃に、宝塚歌劇の「黒塗り」を扱う決心をしました。

対象自体は早くに決まったのですが、論点は4年の初秋まで迷走していました。何を明らかにしたいのか定まらず、宝塚や人種差別に関わる論考を、ただ闇雲に読んでいたのです。悶々としていた時、ゼミで主指導の江藤先生から「論に政治を持ち込まない」と助言をいただきました。この言葉によって、「黒塗り」の是非を問うよりも、現状に至るまでの過程と背景にある構造を解き明かしたいのだと自覚し、論文の主題を固めることができました。

【執筆過程】

 論点こそ定まっていなかったものの、「とりあえず」の思いで、3年次の冬から「黒塗り分析表」を作成に着手しました。「黒塗り」が使用された作品を対象に、上演年月日、制作者、「いつ・どこの・だれが」表象されているのか、といった情報をまとめたもので、映像、公演プログラム、年史類などを参考に制作しました。最終的に約190の公演を分析することになったため、早い段階から進めておいて良かったと改めて思います。就職活動を終えた9月末からは、分析表の精度を上げるため、国会図書館に通い、機関紙『歌劇』でさらに詳細な情報を探りました。デジタルアーカイブが国会図書館内でしか閲覧できず、かつ創刊100年以上の歴史を持つ『歌劇』を地道に調べる作業は、労力を要するものでしたが、宝塚の歴史に触れる楽しさが、苦しさをかき消してくれました。

 私の論文は、公演解説文や演出家の発言、宝塚に関する研究者の言説を中心としており、資料分類を適切に行い、論を導きだすことが肝要でした。そのため、調べた情報は、OneNoteにまとめ、思考する際には、画像のように付箋に書き起こして、マッピングしていました。この方法は、2年次に文学の講義で習ったもので、それまでの学びが論文作成に役立ったと実感しました。

神辺

 資料収集や調査・分析に比重を傾けすぎたこと、本腰を入れた時期が遅かったこと、文章を書くことに苦手意識があったこと、様々な要因が相まって、執筆に向き合えたのは、11月中旬、提出期限1ヶ月を過ぎた頃でした。先生の添削指導が迅速だったことや、生活リズムを犠牲にしたおかげで、なんとか完成に漕ぎ着けましたが、なぜもっと余裕のあるスケジュールを組まなかったのか猛省しています。

【最後に】

 私は、卒業論文執筆を通して、複雑なものを複雑なまま理解しようと努める姿勢を得たと思います。当初の私は「黒塗り」に対して、「良いか悪いか」の単純な二軸で考えていました。確かに白黒わかりやすくすることも重要ですが、その視点だけでは論は広がりませんでした。変遷を追い、背後にある入り組んだ構造を考察することで、ようやく対象を深く思考することがかなったのです。問題を考えるためには、事態を矮小化せずにその複雑さに向きあわなければならない、おそらく大学4年間のどこかの講義で聞いた言葉ですが、卒業論文を通してその意義を実感することができました。大学を卒業し、社会に羽ばたいた後も、比較文化学類での学び、卒論執筆での気づきを忘れずにいたいです。

 

【指導教員からのコメント】

芸術表現における人種表象は、人々が国境を超えて瞬時につながる現在、表現の自由とのせめぎあいの中、限界を手探りで探っているようなところがあります。どこでも誰にでも通用する正解はありません。本論文はそうした認識を前提として、宝塚の歴史を丁寧にたどり、表現を成り立たせているロジックを粘り強く分析した力作です。(江藤光紀)

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