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フィールドワークと映像2―民俗調査と写真撮影―(徳丸)Fieldwork and Images 2 –Folklore Research and Photography- (Tokumaru)

 今回は、民俗調査で写真を撮影する際の注意点について、ごく基本的なことのみ簡略にまとめてみよう。ただし、あくまで、はじめて写真を撮影する学生諸君に向けた個人的な経験に基づく解説なので、写真部の方など撮影に精通した方にはあまり参考にならないであろうことをあらかじめお断りしておく。

 

 パッキングの重要性 調査先に移動する際、カメラバッグを用意して、レンズやカメラ、スピードライトや電池、バックアップ用のメディア(場合によってはパソコン)や清掃用具一式をパッキングしておく。あたりまえのことではあるのだが、実習などでは、意外と衣類や洗面用具などを入れたバッグに一緒に放り込む学生諸君も多い。これは、ホコリがレンズに付着し、バックの中でカメラが転がって壊れるなどの思わぬトラブルを生む。一度、成田空港の階段で、カメラバッグに入った機材を、上から下まで転がり落としたことがあるが、カメラバックには緩衝材が入っているので中の機材は全く無傷であった。まあ、その前にバックを落とすほうが問題ではある。外したレンズと、本体とは直接ぶつからないように間に緩衝材を挟むことも重要である。

 雨が降る際には、バックそのものをできるだけ濡らさないように気をつけ、宿に着いたら機材をすべて取りだして風通しを行い、バックも十分に乾燥させる。オートバイで調査していた当時は、緩衝材に包んだカメラを更にビニール袋に入れてバックに収納し、雨中走行に備えていた。カメラを保管する場合も、カメラバックに入れたままだと、湿度の高い日本では、レンズや張り革にカビを生ずることが多い。できれば保管は防湿庫となるが、エアコンを定期的に効かせる部屋であれば、清潔なロッカー内などに保管しても良いし、あるいは、カメラ店で防湿ケースを買って、乾燥剤とともに保管しても良いかと思う。いずれにしても、時折取り出して作動させるのが、精密機械の状態を保つコツでもある。

 カメラをカメラケースに入れるかどうかは、好みの問題もあろう。以前は、カメラを衝撃や傷から守るため、カメラケースに入れて使うことが多かった。いまでも、フィルムカメラは皮ケースに入れて使うことにしているが、調査でデジタル1眼レフカメラを使う場合は、入れずに使うようになっている。カメラ自体がマグネシウムダイキャストの堅牢な作りで、またケースに入れるとグリップしにくくなることもあって、そのまま使うようになった。結構、気をつけて扱ってはいるので、ケースなしでも大きな傷を付けたことはないが、カメラの本体を守る意味からいえば、アンダーカバーを付けたほうが安心ではある。

 カメラは首から提げる 肩からストラップでカメラを提げて歩くのは、それほど大きな動きのない撮影の場合は良いが、祭礼の撮影などでは止めたほうが良い。そのうち、肩からずり落ちたカメラが地面に激突する光景を目にすることになる。特に、祭りを追って走り回るような撮影では、必ず首からカメラを提げるようおすすめする。

 フィルターをつける レンズには、UVフィルター、あるいはプロテクトフィルターをつける。海辺や船上など潮を被る場所では、レンズに潮水の飛沫がついてしまう。台風近づく奄美大島の海岸で撮影した際は、フィルターが乾いた潮水で真っ白になった。また、砂埃が多い場所での撮影も、レンズに砂が付着する。ブロアで吹き飛ばさずに、クリーニングペーパーで拭いたりすると、眼も当てられない状況となる。一度、レンズ正面からカメラを地面に落としたことがあるが、フィルターをつけていたので、それが割れただけレンズも本体も無傷であった。望遠レンズなど長いレンズの場合は、先端にゴム製の遮光フードとつけておくと、不用意にレンズの先端を物にぶつけて壊すことがないので安心である。ただ、その場合、広角域でフードが画面の四隅に映り込まないか事前に確認しておく必要がある。霞ヶ浦の帆引き船を湖上で撮影した際に、これをやったことがある。明るい場所での撮影だと意外と四隅のわずかなケラレに気付かない(写真1)。

 

写真1 フードによる四隅のケラレ

 写真1 フードによる四隅のケラレ

(茨城県霞ヶ浦湖上撮影。撮影途中で気がつき、フードを外した。トリミングを行えば使えるが、構図は変わる。)

 

 撮影時のデータフォーマットについて フィルムを使っていた当時は、モノクロフィルムとリバーサルフィルム(スライドフィルム)それぞれを入れたカメラを二台用意し、同じ被写体を撮影していた。銀塩フィルムは、温度や湿度が適度に保たれていれば保存性が良い。幕末のガラス乾板写真が今現在でも残されていることからも、100年を超える長期の保存が可能なことが実証されている。リバーサルフィルムは、非常に色鮮やかではあるが、保管場所の条件が悪いと、5年ほどで、退色してしまう場合もある。私自身は、仕事の撮影は、ほぼデジタルに移行しているが、以前撮影したフィルムは、その多くをスキャニングして、デジタルデータ化を行い、研究資料としての利便性を高めている。

 記録メディア・フォーマットの旧規格化に気をつける デジタルデータは、一見、劣化の心配がないように思われる。また、コピーによる複製の制作が極めて用意である。ただし、気をつけなければならないのは、データそのものに劣化はなくとも、それを記録したメディアは以外に早く劣化し、あるいは再生機器が故障したり、画像の記録フォーマットそのものが旧規格となり使われなくなったりすることである。例えば、各カメラの記録フォーマットに依存するRAWデータの場合、対応するソフトによる「現像」が不可欠である。RAWで記録される画像は優れたものであるが、「現像」を行わねば見ることはできず、数十年を経た後に「現像」が可能かどうかは、昨今のソフトの刷新の状況を見ると心許ないものがある。また、RAWデータの場合、ファイルサイズが非常に大きく、容量の小さなメディアでは撮影可能枚数が限られてしまい、さらには撮影後の現像処理にかなりの時間と労力が必要となる。もちろん現像時点で色調など画像をかなりいじれるという点ではRAWデータのほうが良いといえる。しかしながら、若干、画質は劣る圧縮されたデータではあるがjpeg形式で記録をしておけば、汎用性が高く、少なくとも将来的にも使用できなくなることはないと思われる。データも軽いので、その後の画像処理や、原稿への画像はめ込みの処理などもかなり楽なものとなる。

 シャッタースピードとISO感度 フィルム時代は、ノイズが目立たず撮影できるISO感度がせいぜい400であったが、現在はISO6400でもノイズをそれほど気にせず撮影できる時代であり、このカメラの能力を活かした撮影も可能である。ただ、高感度にすればするほど、やはりノイズはのって来て、細部の再現性は崩れ、色再現性が悪くなることには気をつけておきたい。また、カメラ側が自動感度設定になっていない場合、低感度のままだとシャッター速度が遅くなり、手ぶれを引き起こしてしまう可能性があることも頭に置いておく必要がある。特に、動きが速い被写体の場合は、どの程度のシャッター速度で、どれほど被写体が動態ブレ(撮影の瞬間に被写体が動いて生じるブレ)を起すのか、あるいは、手ブレを起こしてしまうのかを前もって試しておいたほうが良い。現在、多くのカメラやレンズに手ブレ補正装置がついており、以前より、随分撮影が楽になった。とはいえ、動態ブレに十分追従する補正装置はまだないので、暗い被写体の撮影には、やはり経験の蓄積が必要である。一般的には、シャッター速度が60分の1秒だと手ブレが生じやすくなるといわれているが、動かない被写体で、シャッターショックやミラーショックが小さいカメラであれば30分の1秒も可能である。早い動きの被写体については、被写界深度は浅くなるが絞りを開き、ISO感度を上げて、シャッタースピードが250分の1秒以上(止まった様に撮影したいのであれば500分の1秒以上)になるように設定したほうが良い。

 オートフォーカスを過信しない 今のカメラは、以前のものに比べて、狙った場所へピントを合わせるAF(オートフォーカス)が格段に進歩している。特に、各社の高級機種だと、一度狙った被写体が動いても、それに合わせてカメラのほうでピントをどこまでも食いつかせて行く。しかしながら、AFでピントを合わせるには、やはりわずかではあっても時間は必要であり、AFで狙った場所にピンポイントで焦点を定めるのは結構難しい。特に暗い場所で、絞り開放のF値が明るくない望遠レンズを使っていると、AFではいつまでもピントが合わないことがある。その様な場合は、直ちにAFでの撮影をあきらめ、MF(マニュアルフォーカス)で撮影する思い切りが必要となる。ミラーレスカメラで、電子ファインダーの機種の場合、暗所では画面にノイズが多すぎ被写体すら確認できないということもある。以前、電子ファインダーの機種で、お盆の送りを夜間に撮影しようとしたところ、肉眼でははっきり見える提灯を持って歩く子供が、ファインダーでは全く見えないことがあった。今では、ここまでひどいことはないが、所有するカメラの暗所での性能は事前に確かめ、その対処の方法を考えておく必要がある。

 被写界深度を考える レンズの絞りを絞り込むと、撮像素子面に届く光の量は減少するが、絞り込まれた絞り羽がピンホールレンズの役割を果たし、見かけ上、ピントが合う距離の範囲―被写界深度が深くなる。また、望遠レンズよりも広角レンズのほうが被写界深度は深い。広い範囲を画角に収める広角レンズは、その被写界深度も深い。明るい場所で、絞り値をF16程度まで絞り込むと、28ミリの広角レンズであれば、2メートルからほぼ無限遠までパンフォーカスとなる。AF動作がなくともピントがくるので、非常に素早い撮影が可能となる。しかしながら、遠景から近くの被写体まですべてにピントが来るので、被写体によっては煩雑な写真となる。

 ボケを生かす 対して、80ミリから120ミリほどの中望遠レンズで、絞りを開放にして撮影すると、例えば人物の瞳に焦点をあわせ、そこからなだらかにボケを加えた写真を撮影できる。二線ボケや渦巻きボケなどを起こさないボケ味の良いレンズを使えば、柔らかに溶け合った背景の中に、人物だけが浮かび上がる写真を撮影できる。ただし、少しでもピントを外すと、大外れの写真ができあがるので、思うところに素早くピントを合わせるそれなりの鍛錬が必要となる。AFレンズだと、焦点があうスポットの選択が面倒なので、MFでピントを追い込んだほうが、やりやすい場合もあるだろう。絞りをF5,6からF8に設定しておくと、最初からほどほどの被写界深度が得られる。

 露出を補正する 被写体が太陽や照明など強い光源を背負っている場合、すなわち被写体が逆光の条件である場合、カメラは、光源の明るさに露出をあわせてしまい、被写体が暗く写ってしまう場合がある。屋外の祭礼の撮影では太陽の位置や、あるいは舞台で演じられる神楽などでは照明の位置で、逆光のまま撮影しなければならない場合もある。現代のデジタルカメラは、多分割測光により、この様な場合でもある程度は被写体に露出を合わせてくれるが、それでも補いきれない条件の場合は、被写体そのものに露出を合わせるスポット測光を用いるか、被写体の明度を補うプラスの露出補正を行う。露出補正ボタンを押しながらダイヤルを回すことで露出補正を行うタイプが多いが、カメラによって方法は異なるので、これも事前に試しておく必要がある。また、花など白い被写体を、白く撮影する場合も、プラスの露出補正を掛ける場合がある。白や黄、赤色などの花、あるいは白い衣類は、そのままの露出だと色味が濁るので、少しプラスの補正を掛けたほうが綺麗に撮影できる。かけ過ぎると、色が飛んでしまうので、撮影し、結果を確認しながら行う。なお、露出補正を行った後、別の被写体を撮影する場合は、補正を一度0に戻しておくことを忘れないように気をつける。けっこう、戻し忘れはやってしまうので、注意したい。このほか、逆光の条件で、スピードライトを使って被写体に光を当てることも可能である。

 枚数を撮る 民俗調査においては、同じ被写体で同じアングルの写真を複数枚撮ることを心がけたい。なぜかというと、「デジタルデータは壊れる・消える」からである。撮影したデータを帰宅後、パソコンで処理している際に、誤ってそれを削除してしまうことは、みなさん、「自分はそんなことやらないよ」と思うであろう。しかしながら、データの加工や保存の過程で、誤って別の画像に同じファイル名を付けて上書き保存してしまうなど、結構、疲れがたまっている時の作業ではこれを行いがちである。誤って1枚を削除してしまっても、ほぼ同じアングルの写真が2枚あれば、気分的にはかなり救われた気持ちになる。また、ウィンドウズ10のパソコンで処理を行う場合、「高速起動」に設定したままだと、電源を切って外付けハードディスクを取り外して、以前のバージョンのウィンドウズのパソコンにつないだ場合、変更したファイルが正確に再現されない症状が出ることがある。外付け機器の安全な取り外しの手順を行うか、「高速起動」の設定を外してしまうとこの症状は起きないのだが、本人が知らないところでファイルが再現できなくなってしまうので、これも撮影したメディアをフォーマットした後だと悲惨なことになる。

 デジタルカメラであれば、メディアの容量分、あるいは電池の残量分、数百~数千枚の写真が連続して撮影可能である。特に、祭礼の写真など、ある行事や儀礼の過程を押さえる調査の場合は、その場面、場面をできるだけ多くの写真を撮影しておく必要がある。何枚撮影するかは、個人で開きはあるだろうが、祭礼であれば、1日で600~1000枚程度撮影となる。フィルムカメラの場合は、36枚ごとにフィルムを入れ替える作業が必要であり、また、現像と焼き付けの手間がいるため、最大でも1日7~8本ほどであった。それに比べると、今は、大容量の交換メディア、電池さえ複数用意できれば、機材の故障が無い限り撮影できない状況には陥らない。

 芸術写真か、説明写真か さて、民俗調査で撮影する写真は、基本的には、報告書や論文などの媒体を通じて、何らかの説明を行う助けとなる「説明写真」である。もちろん、撮影者の芸術的感性が反映され、「芸術写真」としての性格を持つ場合もある。例えば、書籍や報告書の口絵写真などには、そのような写真が選定されている傾向がみられる。しかしながら、どんなに芸術的に優れていようとも、何が撮影されているのか、あるいは、何を表現するための写真であるのかが不明確であると、少なくとも民俗学研究では意味を成さない。この点からは、撮影を行う時点で、自分が何を説明するためにこの写真を撮っているのかを常に自覚しておく必要がある。

 状況説明が可能な写真を撮影する 下の写真は、茨城県土浦市で今年撮影したウジガミ(屋敷神)のワラホウデンの写真である。ワラホウデンの構造がわかる様に、その正面、側面、上面とアングルを変えて複数枚撮影することはもちろん、少し引いて撮影し、その周辺がどのような状況になっているかを押さえておく(写真2~5)。このワラホウデンは、ある農家の裏山との境界である崖に位置しているのだが、家の中からワラホウデンを見るとどのように見えるのかも、撮影させていただいた。これらの写真すべてを報告に使うことはないかもしれないが、調査後にワラホウデンの構造や、その周囲の状況を解説するには有効な写真であるといえる。祭礼で神輿や獅子などを撮影する場合も、説明しようとするのが、その獅子の構造なのか操作方法なのか、獅子を含んだ全体の祭礼の景観なのかでその撮り方も違って来る(写真6~8)。構造であれば、祭礼の前、あるいは後で、人が使っていない時に許可を得て、その外観から内部構造まで、場合によっては部分をクローズアップしながら撮影することになる。

 操作であれば、実際に演じている所作を多くの写真で分解的に撮影することになる。全体景観であれば、当然、全体を鳥瞰した引きの画像ということになる。

 

写真2 ワラホウデン周囲の状況を説明する

写真2 ワラホウデン周囲の状況を説明する

(茨城県土浦市。ワラホウデンは画面左上)

 

写真3 ワラホウデンの正面

写真3 ワラホウデンの正面

(正面から撮影した写真である。これだけでは形状が理解できない)

 

写真4 ワラホウデンの側面

写真4 ワラホウデンの側面

(二つのワラホウデンを縦にならべた構図をとった。手前のワラホウデンにピントを合わせて、後方のワラホウデンをぼかして納めた。ワラホウデンが、傾斜地に並べて設けられていることを示す。ワラホウデンの写真は20枚ほど撮影)

 

写真5 ワラホウデンの上面・後面

写真5 ワラホウデンの上面・後面

(後面は、斜面になっており、撮影できないため、斜め上から撮影を試みた。ややピントが甘い写真である。曇天で絞り込めなかったため、被写界深度が浅く、地面近くはぼけている。また、ワラホウデンの上部が切れている点など、撮影時の確認が不十分だった点が反省される)

 

写真6 獅子の上面

写真6 獅子の上面

(茨城県石岡市柿岡。棒の先の獅子頭に衣装を纏わせ、三匹の獅子を並べて御仮屋の神輿に獅子舞を奉納する。三匹獅子、あるいはササラと呼ばれる獅子舞である。棒状の人形を操作する芸能としては、水戸市の棒ミロクなどがある。写真6は、獅子頭やその衣装が保管されている公民館で、獅子頭を納めている箱とともに獅子頭を撮影させていただいた時のもの。右側をトリミングしている。このほか、正面、左右側面、背面、裏面、各構造部など、複数の写真を撮影した。大きさを記録するために伸ばしたコンベックスなど、スケールを入れても良い。)

 

写真7 獅子の組み立て方の説明写真

写真7 獅子の組み立て方の説明写真

(獅子の組み立てを実際に行っていただき、100枚ほどの連続写真、および動画として記録を行った。撮影した写真は、保存会の資料として提供している。)

 

写真8 獅子の演じ方と全体景観の説明写真

写真8 獅子の演じ方と全体景観の説明写真

(右に提灯が入ったため、トリミングした。神輿を納める御仮屋で、祇園神に対して獅子舞が奉納されていることを説明するために撮影した。同様のアングルで50枚ほど撮影)

 

 撮影する時間を考える 彫刻が成された石仏、石塔類を撮影する際には、彫られた文字などが太陽の傾き、方向で一番鮮明に読み取れる時間を探して撮影する。民俗調査で巡検を行う際には、そのことも頭において、石仏石塔類を見て行く必要がある。町並みや家屋の写真なども、時間と太陽の当たり方のより違う表情を見せるので、自分が表現したい時間と場面を歩いて探す(写真9)。時間によっては、どうしても逆光になってしまうので、静物の撮影であればそのような場合は時間を変えたほうが良い。屋内での儀礼の撮影において、暗いからといって、不用意にフラッシュを使うと、平板な写真となり、また度々のフラッシュの閃光は、儀礼の邪魔にもなる。できれば屋内で生活上用いている光源での撮影が望ましい。

 

写真9 朝の斜光で撮影した石塔

写真9 朝の斜光で撮影した石塔

(福島県いわき市久ノ浜)

 

写真10 フラッシュを用いた撮影結果

写真10 フラッシュを用いた撮影結果

(茨城県つくば市。細部までよくわかるが平面的である)

 

写真11 現場の照明による撮影結果

写真11 現場の照明による撮影結果

(右の獅子頭とは別の獅子頭。写真10よりも立体的で、祭りの雰囲気は出るが細部は明確ではない)

 

 アングルを求めて動く 祭礼の撮影で必要なこと、それは、必要なアングルを得るために、とにかく自ら動くことである。祭礼では神輿の渡御や、山車の運行など、様々な儀礼が並行して進む。移動する神輿の行列を、その先頭から俯瞰で、側面から背中が見えるアングルで、など様々なアングルで捉えようとする場合は、機材を担いだまま行列の前後を動くことになる。この場合、べったりと一カ所に突っ立て、目の前を移動する行列を1、2枚撮影して「はい、撮りました」では、メモにもならない。冗談抜きで祭礼の撮影は体力勝負と心がけ、普段から足腰を鍛えたほうが良い。私も、祇園の祭礼を炎天下、丸三日間連続で撮影した際や、韓国で葬式の流れを、寒風吹きすさぶ12月の早朝5時から夕刻まで撮影した際など、「走り込んでいて良かった」と思ったことが多々ある。

 余計なものを画面に入れない 撮影している時には意外と気がつかないのであるが、祭礼の写真を大勢の観客の中で撮影していると、いつのまにか画面の横に電信柱が大きく入っていたり、他のカメラマンのカメラが入っていたりして使えない写真になることがままある。個人的な経験では、夜間の神輿の撮影でスピードライトを使ったが、前に居並ぶ男性のみなさんの光り輝く頭頂部が写り込み、あまりに目立ちすぎるので、報告に使うのを止めたことがある(本当の話です)。また、景観写真を撮影する場合は、電線がどうしても画面に入ってしまうことが多いが、これも、できれば入らないほうがすっきりする。カメラ雑誌のプロの風景写真を見ると、このあたりにかなり配慮していることがわかる。先にも述べたが、民俗調査で撮影するのは芸術写真であるより説明写真であることが求められるので、電線も生活風景の一部だともいえる。しかしながら、表現したい被写体によっては不必要なものであり、画面は煩雑になる。事前に下見を行い、適した撮影ポイントを押さえておくことが必要である。

 バックアップの重要性 データを保存しているSDカードやバックアップ用のハードディスクなどは壊れる場合がある。個人的な経験では、カメラに入れていたSDカードが撮影中に突然壊れたことが1度、保存用のハードディスクが壊れたことが2度ほどある。いずれも、記録媒体を、データレスキューを行う企業で処理をしてもらうことによって一部は救済できる可能性もあるが、かなりの金額を必要としてしまう。できれば、撮影の休憩時間に、ポータブルストレージやノートパソコンにこまめにバックアップをとっておくことをお薦めしたい。しかしながら、この場合も、メディアを抜き差しする方法で行うと、その抜き差しでメディアを壊す、あるいは落として汚す・紛失する可能性もある。個人的には、USBケーブルでカメラとパソコンとを接続しバックアップを行っているが、通信型のSDカードで常時スマホに撮影データを送り、自動的にバックアップすることも可能である。あるいは、カメラを購入する際に、SDカード2枚、あるいはSDカードとCFカードのダブルスロットを装備し、それぞれに同じ撮影データを保存できる機種を選んでおけば、より、データ消失の可能性は低くなる。

 ハードディスクへのバックアップ 日常用いているパソコンのハードディスクにバックアップをとるのは、調査が終了した後、可及的速やかにということになるが、できればバックアップするハードディスクは、外付けのもの2台を用意し、その1台をもう1台のミラーとしておくとより安全である。私は、個人で行った調査データは、複数のハードディスクに保存し、更に、そのハードディスクは、故障の兆候がなくとも3年から5年に一度は新しいものに更新している。現に、3年ほどたったハードディスクが、急に壊れた際には、この複数台へのバックアップで救われた。MOディスクや、MDディスク、CD-RやDVD-R、あるいはBR-Rなどのメディアに保管したこともあるが、保存性が比較的良いといわれるMOや、一時期流行したMDについては、いまや新たな機器を生産している企業もない。またCD-Rは、太陽光や紫外線で、データそのものが劣化し、数年で読み取りすらできなくなる経験をしているため、一時的な記録や、データの受け渡し以外には用いていない。なにより、記録容量が小さく、以外とかさばるため、全体で10TBを超えるような画像、映像データの保管には不向きである。定期的なバックアップ作業において、例えば合計3TB分の画像データを、1枚4GB程度のDVD-Rで一枚一枚焼きながらバックアップを行う作業は、約750枚のDVD-Rを焼く作業である。1枚焼くのに入れ替えの時間を含めて5分かかると考えても、63時間もの作業時間が必要である。約3日間、徹夜で5分毎にDVD-Rディスクを入れ替え続ければ、何か悟りも開けそうだが、そのような悟りはいらないような気もする。その点、大容量ハードディスクの丸ごとバックアップは、接続して操作を行えば、あとは別の作業をしていれば良いので、途中で機材、あるいはソフト的な問題が生じてストップしない限り手間なしである。バックアップをとった2台のハードディスクの内一台は、常時電源を入れることをせず、湿度などに気をつけて保管していれば、故障の確率はかなり低くなる。いずれにせよ、電気がなければ、あるいはパソコンに繋ぐ規格の端子が廃用されているとアウトなので(例えばスカジーなど、学生諸君は、今では聞いたこともないであろう)、数年に一度、新しいものに更新したほうが良いだろう。

 被写体の肖像権や撮影マナーへの配慮 最期に撮影に際して最も重要なことにふれておく。当然のことではあるが、撮影に際しては、撮影される側への十分な配慮が必要である。周囲に気を配り、他の人々へ不愉快な思いを与えないように十分に注意する。祭礼や儀礼の撮影に際しては、必要に応じてその場の責任者に撮影する許可をいただく。撮影は、祭礼や儀礼の進行を妨げないように気をつける。いざ祭礼が始まると、多くのアマチュアカメラマンが良いアングルを求めて、場所の取り合いになるようなこともある。その様な場合には、少し身を引いて、人とは異なるアングルを探してみるのも一つの方法である。一昔前の写真雑誌を見ると、「スナップシューター」という言葉を見ることができる。街角や電車の中などで、これだと思った人物、被写体を、撮られた本人にも気づかれないほど素早く撮影するカメラマンをいう。以前は、アマチュアカメラマンが撮影する範囲では、肖像権についてはあまり意識されないことが多かったが、今日では事情は大きく異なっている。誰でも簡単に撮影データをブログなどにアップロードし、さらには撮影場所の位置情報や日時などが埋め込まれたものが、web上で簡単に拡散する時代になってしまうと、撮影し、写真をアップロードした本人にとっては気軽に行ったことでも、撮影された当人に大きな迷惑を及ぼすこともある。特に、人の顔が入った写真、個人が特定できる写真については、肖像権や個人情報保護の観点から、その撮影時、あるいは、電子メディアでの配信には、十分気を付けなければならない。ある自治体の編集過程においては、掲載写真の内、人の顔が単独から3名ほどで撮影されているものに関しては、一枚一枚、掲載の許可をその撮影された当人を探して文書で許可を得る作業を行った。また、別の書籍では、顔の部分を判別できないよう写真の解像度を落とすことも行っている。祭礼などで多人数が写り込んでおり、特定の人物にフォーカスを当てたものでないもの、すなわち、人々が群衆としてのみ意味を持つ写真については、個別の許可を必要としないと判断する自治体もあるが、その論文や報告書への掲載、あるいは電子媒体で配布する際には十分な留意が必要とされる。また、撮影する際も、必要な場合は、被写体となるほうに撮影の許可を得る、あるいは、それを媒体に掲載する場合に掲載の許可を求め、問題を起こさないように事前に配慮しておくことが必要である。なお、民俗調査や研究における行動の規範については、日本民俗学会の「個人情報の保護に関する基本方針」や「一般社団法人日本民俗学会倫理綱領/倫理綱領にもとづく調査・研究の指針」を参照されたい。いずれも、同学会のウェブサイトに掲載されている。

 

 以上、民俗写真を撮影する際の、最も基本的な事項について説明した。写真撮影に興味がある学生諸君は、大学図書館にも入っているカメラ雑誌に時折で良いので目を通すことをお勧めする。細かな撮影技法についての特集や、プロやハイアマチュアの写真には、参考となることも多い。また、民俗写真家の写真集なども、非常に参考となる。そしてなにより、できるだけ撮影の機会を増やし、経験を蓄積し、自分なりの撮影スタイルを作って行くことが必要である。カメラがないならば、スマホのカメラ機能を用いたとしても、条件さえ整えばすばらしい写真を撮影することは可能である。フィールド系の実習に参加した際には、ぜひ積極的に撮影を試み、楽しんでいただきたい。

 2016年8月20日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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