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「地元で脱原発運動をやっているひとから 東海第二原発の話を聞いてみよう!」(2016年7月6日)

7月6日、比文プロジェクト「ゲンパツ知らないままにしないでおこう」シリーズ(1)地元で脱原発運動をやっているひとから東海第二原発の話を聞いてみよう!」が開催されました。

『げんぱつ1』の画像 

15名ほどの学生が参加し、筑波大出身である小川さん、江口さんのお話を伺った後で、小グループに分かれ得てディスカッションし、その成果を発表しあいました。

小川仙月さん(比文のご出身)は、大学卒業直後、チェルノブイリの事故が起き、その1年後に放送された食料汚染に関わるNHKのドキュメンタリーがきっかけで現地を訪問した、ということをご自身が活動に関わるきっかけとして語りました。そのうえで、昭和64年1月6日に起きた福島第二原発の事故のことにふれつつハインリッヒの法則について紹介し、福島第一原発の事故について、事故というのは突然起きるのではなく、予兆があるのだとしました。そして、つくばから約60キロの位置にある東海第二原発についての問題点を7つ列挙して説明しました。

つづいて江口肇さんは、大学生活から卒業後、自然生(じねんじょ)クラブに関わられるようになったこと、そして育てていたほうれん草を廃棄しないといけなくなり悔しい思いをした3.11の経験について語り、そこから脱原発ネットワーク茨城の組織と、現在に至る活動(東海第二原発の運転期間延長認可申請をしないことや、近隣自治体との安全協定の見直しを求める要請や署名など)について紹介しました。そして、まずは自分がいかに幸せに生きるかを考えよう、そのためにはどんな社会がよいのかを考えて行動しよう、と話しました。

 

その後、休憩をはさんで学生のディスカッションになりました。そこからは「東海第二原発については知らないことが多く、勉強になった」「もっと多くの人に知ってほしい」「賛成と反対が二極化しないで対話するにはどうしたらいいか」「社会を変えていくのは難しい、そんな中でどうすればいいのか」などの感想・質問が出ました。

震災当時中学生・高校生だった学生にとって、原発という問題を身近なところから考え直す機会になったと思います。今後もこのシリーズではいくつかのイベントをおこなっていく予定です。

 

【趣旨】
東日本大震災から5年が過ぎ、世の中では震災も原発事故も過去のようになりつつあります。でも日本には現在も50基を越える原発があります。脱原発。反原発、原発推進、反原発に反対いろいろな立場がありえますが、まずはもう少し原発のことを知ってからにしませんか? 今回は、筑波大出身のお二人のお話をうかがいつつ、参加者みんなで考える場にしたいと思います。

【講演者】

小川仙月(おがわせんげつ)さん

1964年生まれ。52歳。1986年筑波大学第二学群比較文化学類(日本文学近代)卒業。卒業の年に発生した旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の被害を知り、反原発運動に関わるように。日本の原発でも公衆被害をもたらす事故が起きる可能性があると訴え続け、茨城県内各地で原発の危険性を知ってもらう学習会を重ねてきた。以前の仕事はもと(株)ロフトのインテリア系バイヤー。現在は独立し、つくば市内で介護保険に関わるバリアフリーリフォーム業の仕事をしている。

 

江口肇(えぐちはじめ)さん

1976年生まれ。40歳。1997年筑波大学第二学群生物資源学類(経済社会学)卒業。現在、NPO法人自然生(じねんじょ)クラブにて障害福祉サービス事業の農園担当。地域循環を大切にし無農薬で野菜・米作りを行う。2011年の福島原発事故をきっかけに「原発に頼らない社会」を実現するための活動を始める。20117月より「脱原発ネットワーク茨城」共同代表。

 

 

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